2008年7月 5日 (土)

シンデレラ気分でございます♪

SEのCさんから今年最初のお誕生日プレゼントプレゼント
Mon ChouChou(モンシュシュ)のシンデレラロールをいただいてしまいましたぁわーい(嬉しい顔)

「人気の堂島ロールの中にカスタードクリームを絞り、ストロベリー、キウイ、ポワール、オレンジ、バナナの5種のフルーツがごろっと入ったとっても贅沢なロール。堂島ロールが魔法にかかり、綺麗なシンデレラになりました。」(Mon ChouChou公式サイトより)

って、説明にもある通り、堂島ロールがさらにパワーアップして、優しく、美しく、魔法みたいな美味しさです目がハート
ちょっとばかり忙しくて煮詰まっていたのですが、シンデレラの魔法ので笑顔で乗り切れた気分わーい(嬉しい顔)

Cさん、本当にありがとう&ごちそうさまるんるん

さて、今日もそろそろお仕舞いですね…。
片付けて帰らなくっちゃぁあせあせ(飛び散る汗)
実はまだ事務所な私ですあせあせ

皆さん、お疲れ様でした夜

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2008年7月 3日 (木)

ふくらはぎマッサージの薦め♪

目上の方にちょこっと御礼がてらのお見舞いを差し上げたいな、と思った私るんるん ご負担にならない範囲で…でも、気持ちが伝わるものぴかぴか(新しい)って迷った挙句にご本を選ばせていただきました本

題して、
「万病に効く ふくらはぎマッサージ」(石井洋一 著)

少し前からヨーガのレッスンやアロママッサージのお勉強で「気の流れ」や「血流」について触れる機会があったのですが、この本を読んで繋がったような気がしまするんるん
ただの民間療法ではなくて、ちゃんとしたお医者様が「自宅でできる気軽なものをexclamation」って気遣って執筆しているので説得力があるんですexclamation & question

ちなみに副題として、
「狭心症、不整脈、動悸、息切れ、心筋梗塞を自分で防ぎ治す"痛快"健康法」
ってなんだか怪しいくらい(笑)、万病に効きそうなキャッチコピーが掲載されているのですが…。
「治す」のは無理だとしても(※これはお医者様の役目なのであせあせ)、「予防」だったり「ラクにする」くらいのパワーはあると思うんでするんるん

実際に一般的なマッサージでも「ふくらはぎ」ってひとつのポイントでしょう? 足首から膝裏のリンパ節に向けて丁寧に揉み解すだけでも全身がぽっかぽかでほうっと一息つけたりする…。その「理由」を医学的に説明しつつ、素人な私たちにも簡単に応用できるように丁寧に紐解いてくれているのが石井先生の書籍ですわーい(嬉しい顔)

嬉しいことに収められたケーススタディの中にアレルギーの症例が…。(※正確には私はアレルギーじゃありませんがあせあせ
触ってみると確かに私のふくらはぎも結構硬くて冷たい感じ…。せっせと揉み解して、血流を流さなくっちゃるんるん

体調悪い方にはお薦めの逸品ですよウインク
あ、でもくれぐれも専門的な診断&治療はお医者様でなさってくださいね病院

今日、ご本を贈らせていただいた大切な方も、どうか少しでもラクになって、喜んでくださいますようにぴかぴか(新しい)

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2008年7月 2日 (水)

「偽善」と「善」の間

「一般常識」なんて言葉があるけれど、人の数だけ「価値観」って存在するのだと思う。
何をもってスタンダードにするのかは、その人がいまいるフィールドやバックグラウンドによって異なってくる…。

少し前に相田みつをさんの

 人の為
 と書いて
 いつわり
 と読むんだ
 ねえ

って言葉を拝読して、なるほどなあって思ったけれど…。
改めて、実感sign01
「偽善」と「善」もまた、人によって捉え方は大きく異なる…。

文字に書いた言葉より声によって伝えられた「言葉」の方が行間を読むのは難しい…。
「言わないで」が「(それとなく上手に)言って欲しい」に聞こえちゃったり、基本的にはついちゃいけないはずの「嘘」も相手の心を本当に慮ってのものであれば「優しさ」って訳されたり…。

歳を重ねるごとに、感情の機微はますます微妙になって、一所懸命向き合っていても、たまに大切な判断を誤ってしまったりもする。「読み取れる」のが「大人のスキル」なのだとしたら、私はまだまだですbearing

そういえば、以前、担当させていただいたCS(顧客満足)セミナーで声高々にインストしたなあ・・・。
「サービスを提供する側がお客様に対して『良かれ』と思ってさせていただいたことでも、受け止めるお客様の側がご不快だと捉えられたのなら、それはもはやサービスではなく提供する側の自己満足に過ぎないですよ。気をつけましょうね」
って…。

はい、気をつけましょう。
どうか、『湘南パソコンスクール』にお越しのすべてのお客様が、私たちの提供するサービスを心地よいと感じてくださっていますように・・・shine

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2008年6月30日 (月)

終わったぁヽ(^。^)ノ

本日をもちまして"アルファスペース"の法人化第6期業務が終了いたしましたnote
個人事務所時代から数えると9期目…。

いろいろいろいろありましたが、今期はまあ例年に比べて平穏だったかなあ?

何よりも、「人」に恵まれた一年・・・。
"湘南パソコンスクール"の主軸を担ってくれていたブレインのMさんが他業務との兼ね合いでスクール勤務が難しい状況になり、人材募集を掛けていたところ、思い掛けないご縁で5年前にMさんと入れ替わりにスクールを去って行ったNさん、Aさん姉妹が戻ってきてくれることに・・・。すっごく心強いパワーアップを図れたような気がしています。
お客様とのご縁も広がり、なんだか良い感じ・・・。
来期もまたたくさんの笑顔に巡り合える一期でありますようにshine

これから経理の締めに入りますyen
苦手な数値とにらめっこhappy02
税理士さんに褒めていただけるかなあ?

皆様、今期も本当にありがとうございました。
"アルファスペース"及び"湘南パソコンスクール"は、今後も皆様が真に喜ばれるサービスの提供を目指し、邁進していく所存です。
今後とも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げますnote

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2008年6月19日 (木)

仕事運

なんだかこのところお仕事上の新しいチャレンジのお誘いが目白押しで…。
来月は既存の英語案件以外に3件、「ちょっと変わった」セミナーを担当させていただきます。

1週目にはMS Project。これはまぁ、何度もやっている案件ではあるのですが、お客様が初めてのところだというので少々緊張気味。ご紹介くださった方に恥を欠かせないためにもがんばりましょうっとnote

2週目にお引受けしたのはFrontPageとHTML、それにCSSも絡めたWEBサイトセミナー。2日間コースでお客様が自由にサイトを構築できる「自習時間」などもあって、面白そうhappy01 サブは久しぶりにブレインのNさんにお願いしたので心強いし…。

3週目にはセキュリティ講座。座学6時間 某所でがんばってきますscissors 何度か担当したことのある既存といえなくもない案件なのですが、今回からテキストが一新されるんですeye 3冊もあるのですが・・・まぁ、なんとかなるでしょぉcoldsweats01

基本的に"アルファスペース"では、スケジュールに無理がない限り、いただいた案件はお断りしません。条件面で、
「これは、ちょっと厳しいかなあ?」
と思ったときには、
「今のままでは無理ですが、この部分をこうしていただけたら可能性は…」
なとどいう風にお客様にお尋ねし、調整できるところはさせていただき、可能な範囲で受注に繋げるようにしています。その結果、一般的なWordやExcelなどの案件よりも、「ちょっと変わった」セミナーが増えてしまったこと…(笑)。

まぁ、「好き」ですから・・・。
ヨシとしましょうっと。

今夜は満月だそうですね。
この辺りは生憎の曇り空ですが・・・。
窓を開けて見上げた空に、願い事でもしてみましょうか?

なあんてこと思いつつ、今夜のブログを締めくくりますwink

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2008年6月17日 (火)

大河ドラマ紀行
~篤姫の快挙~

日曜日の夜8時はNHKTV
物心ついたころからのこの習慣、理由は「パパが大河ドラマが好きだから」。

記憶に残っているのは「おんな太閤記」の辺りから。主人公ねねを演じた佐久間良子より、お市の方役の夏目雅子の美しさに、当時まだ小学生だった私は、
「『美女』ってこういう女性のことを言うんだぴかぴか(新しい)
と、圧倒された。

'90年代に入ると「琉球の風」の東山紀之を筆頭に、ジャニーズのアイドルも大河ドラマの舞台に立つようになる。
「毛利元就」の少年時代には森田剛の伸びやかな演技。その群を抜いた凛々しさは後を引き継いだ中村橋之助を食うほどの勢いだった。

毎年、毎週、日曜日の夜8時は家族そろってNHKを観る日…。

だが、それも所詮「パパ」の好み。それなりに好きではあっても、やっぱり民放は面白いし、一人暮らしになったら真っ先に関係なくなる習慣だろうなあ…と思っていた。

ところが…。
一人暮らしを始めた昨年の「風林火山」はGacktの上杉謙信が気になって、ついつい毎週観てしまった。鬼気迫る演技…。細部にまでこだわった演出はGackt本人のアイデアが余すところなく詰まっていたのだという。

そして、今年の「篤姫」。
歴史の陰に埋もれていた天璋院篤姫の存在を掘り起こしたという原作者宮尾登美子の筆力も去ることながら、原作にはない小松帯刀とのほのかな恋心を加えた田渕久美子の脚本もいい。
自身の意思で行動する今風の姫君 篤姫に表情豊かな宮崎あおい。
篤姫に寄せる恋心を胸に秘めた武将 小松帯刀に透明感溢れる瑛太。
脇を固めるベテラン勢も自然体の演技でドラマに華を添えている。

NHK『篤姫』視聴率連続20%越え、24回連続は過去10年で最高記録
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/atsuhime/ 

納得ぴかぴか(新しい)
日曜日の夜8時はNHK…。
幼いころからのこの「習慣」は少なくとも今年いっぱいは間違いなく続きそうだ。
宮崎あおい&瑛太の名演技に惜しみない拍手を贈りたい。

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2008年6月16日 (月)

Happy Birthday♪

Mixinagase気持ちの良いお天気の日曜日sun お布団干して、お洗濯して、ササッとお掃除もして…冷蔵庫の残り物を片付けるべくちょっと遅めのブランチを終えると、さて、まだたっぶり時間が余ってる。というわけで電車に乗って、一路、武州長瀬の武蔵野霊園に母のお誕生日祝いに出掛けてきました。

本当は実家の庭の紫陽花を持っていって上げたかったのですが、父の留守中に花盗人になるのも気が引けたので、近所のお花屋さんでピンクと白のトルコ桔梗を入手しました。金曜日のブログでも話題にしてしまったので、同じ敷地内にある曾おばあ様のお墓にもお供えしてあげましょうclover

阿部家とは馴染みの少ない埼玉県にある武蔵野霊園はクリスチャンだった祖父が理想の墓を建てるために探し求めた場所だったといいます。まだ「霊園」というのが一般的ではなかった時代、宗教を問わず日本人は亡くなったらお寺の墓地に納められたものでした。
早逝した祖母や伯父のお骨もまたそうしてお寺に預けられていたのだと伝え聞いています。

Mixiohaka洒落者だった祖父は、出来たばかりの武蔵野霊園の一角にキリストの「契約の箱」を模した長方形の墓石をデザインしました。ギリシャ文字で刻まれた祖父(※生前に刻んだにも関わらず1番上)と祖母、それに伯父の名前は、あまりにも見事で、後に母を埋葬するときに「字体を真似るのが大変」だと職人さんを悩ませたほどだといいます。

逗子からの所要時間は片道2時間半。交通の便が悪かった当時はもっと遠かったのではないでしょうか?
例のごとく計画性ゼロ。いきなり決めた武州長瀬行きだったので、なんだかんだで辿り着くころには間もなく陽も暮れそうな気配。

正面玄関はすでに閉鎖されていたのですが、出掛けに事務所に連絡を入れて、24時間出入り可能な通用門の場所を確認していました(B型気質だといわれる私もこの変のソツのなさは典型的なA型ですcoldsweats01)。
当然のことながら、人気のない時間帯。「家族」と団欒するにはちょうどいい。

簡単にお掃除を済ませ、持ってきたお花を供えると、実際に面識のある祖父、母、曾祖母(母方)、そして会ったことのない祖母、伯父、曾祖父(母方)を交え、少しだけおしゃべりをしました。神聖な場所…とはいえ広大な霊園内。さすがに陽が暮れてしまうのは心細かったので、
「ごめんねsign01 もう帰るねsweat01
と挨拶し、15分ほどで武蔵野霊園を後にしました。

帰りの電車の中で、なんとなく清々しいような気分になって、ふと、思い浮かんだのは…。

今日って、「父の日」?

喧嘩ばかりになってしまうので、このところ実家に顔を出していないのですが、寂しがっているでしょう。母のお誕生日にかこつけて、メールの一本くらい送ってみようかな?…なんて、感じるのもご先祖様の思し召し…かしら?(笑)

Many thanks from the bottom of my heartnote
Your little girl, Forever...shine

ひかりheart

--*--*--*--*--*--
祖父の「こだわり」をお伝えするため、墓石の写真を掲載させていただきました。万が一、ご不快に思われる方がいらっしゃいましたら、何卒ご容赦くださいませ。

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2008年6月14日 (土)

海月

このところちょっとセンチメンタルモードにスイッチが入っている私。母のお誕生日がもうすぐなんですよウインク

人の死に巡り合うのは初めてではなかったし、それなりの覚悟もできていた。けれど、「大切な人」の死ってこうも違うものなのかと歳月を積み重ねるたびに思い知らされる…。

江ノ島水族館、だと思う。
たぶん、兄はもう小学生になっていたのだろう。
おそらくは鎌倉でのテニスの帰り道。
母のレッスン中、大人しく良い子にしていると、ご褒美に連れ出してくれる。
そうして私は母と二人、水族館の中にいた。

マグロやいか、タコに鯛…。
入口付近の水槽を覗き込みながら、
「お寿司みたい」
と呟く私。母が微笑んだ。
サンマの大群が銀色の背をひらめかせながら水中を泳ぐそのさまに、
「きれい」
と思わず言葉が漏れた。
幸せな時間…。

他とは仕切られた薄暗い部屋に辿り着いた。
黒一色の壁の中に太い太いチューブが天井まで伸びている。
青い光の中でふわふわと浮かぶ透明な生物。
海月だった。

幼い私はチューブを見上げ、時間が止まっているかのような不思議な感覚に襲われた。
この世のものとは思えない、ゆったりとしたその動き…。
いつまでも眺めていたいなぁ…。

そう、思った途端…。
「大丈夫? お譲ちゃん」
と見知らぬ女性に声を掛けられる。
きょとんとした私。
「すみませんexclamation その子、迷子じゃないんですexclamation & question
傍らにいた母が慌てて私を引き寄せた。
「あ、ごめんなさい。てっきり…」
女性は決まり悪そうにそう言ってその場を後にした。

「感動しちゃったのねぇ」
しゃがみ込んだ母は私にハンカチを差し出した。
そのときになって初めて私は泣いていたのだということに気づく。
年端のいかない我が子が水中を漂う未知の生物に言い知れぬ想いを抱いた瞬間、母はただ静かに、そのときを見守っていてくれたのだろう。

大切な人と過ごした記憶の断片は、失って尚、鮮明に蘇る…。
だけどそれはどこか切なくセピア色の哀しみを放っている。

だから、私は心から願う。
一分、一秒でも構わない。
今現在の私にとって、誰よりも大切でかけがえのないあなたが、私より少しでも多くの時間(とき)をこの世で刻んでくれるように、と…。

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2008年6月13日 (金)

13日の金曜日

悪い迷信は信じない我が家もちょっとばかり警戒しているのが13日の金曜日…。特に亡くなった母はこの日を毛嫌いしていた。

なまじ迷信というワケではなくて、母方の親族は13日の金曜日に不幸に見舞われることが多い。曽祖母(父方の大伯母←父の育ての親に当たる)と祖母(曽祖母の実娘)は揃いも揃って13日の金曜日に他界。祖母のときにはあと数分の単位で14日になる直前だったという。

祖父(曽祖母の娘婿)もまた「その日しか都合がつかない」という理由で緑内障の手術を13日の金曜日に受ける。それがきっかけで志半ばで現職市長を退いた。

「(今日は)早く帰っていらっしゃい」

普段は呆れるくらい放任な母が、13日の金曜日だけは早い帰宅を促す。娘に何か不幸が降りかからないように・・・という思惑と同時に自身もまた独りでは不安だったのだろう。

「祈り」で人を癒すことを生業としていた曽祖母。もちろん、金銭はいっさいもらっていない。母は私が幼いころ、発作を起こすとまず山形(当時曽祖母が身を寄せていた鶴岡の祖父母宅)に電話をしたという。
「ひいおばあちゃんにお祈りしてもらうとね、ひかりの発作は治まったの」

子どものころからよく聞かされたそのエピソードを御伽噺のような感覚で聞いていたけれど…。それが紛れもない真実なのだと思い知らされたのは事務所を構えてから。

お客様のために押さえていた駐車場が貸主の都合で閉鎖されることになり、急遽、他を探さなければならなくなった。ダメ元で知人を介して近隣の教会に問い合わせると、
「一般の方にはもう貸さない方向で」
との答え。
「教会」という特殊な場所で信者ではない人が安易に出入りすることに、もしかしたら何か不都合があったのかもしれない。

そういうことなら…と、直接交渉に出掛けてみる。牧師館を訪ねて事情を話して、
「駐車場を貸して欲しい」
と、牧師先生にお願いする。
「私もクリスチャンホームで育っています。『教会』がどういう場所か分かっているのでご迷惑は掛けません」
と、礼拝のある日曜日はスクールがお休みでお客様の出入りがないことなどを説明する。

イキナリ訪ねてきた近所のパソコンスクールの経営者に最初は難色を示していた牧師先生の表情がある瞬間、一変する。

「クリスチャンで阿部さんって、もしかして山本徳(曽祖母)さんのご親族ですか?」

突然の問いに不思議に思いながらも、

「山本徳は私の曽祖母に当たります」

と答えると、先生は嬉しそうに牧師室に招き入れてくださった。一瞬、何が起こったのか分からなかったけれど…。それからの2時間ほどの語り合いの中で、牧師先生のお身内もまた曽祖母の「祈り」に救われた経験があるのだと知った。

「親の七光り」ならぬ「曽祖母の七光り」…。このときに貸していただいた駐車場はあれから10年近く経った今も事務所のお客様に大変喜ばれている。

親戚中の誰よりも敬虔なクリスチャンだった曽祖母が最期に身を寄せた祖父母の家で仏教徒としてお寺での葬儀を余儀なくされた。足腰がしっかりしているうちは毎週日曜日の礼拝に顔を出していた近隣の教会からは、
「(曽祖母の)葬儀はこちらで勝手にさせていただきました」
と報告があったという。

13日の金曜日に天国に召された曽祖母。
それから、祖母、祖父へとジンクス(悪い迷信)は受け継がれ…。

けれど私は思う。
イエス・キリストが亡くなったとされる13日の金曜日。その日に天国に召された曽祖母は神様から愛された尊い人であったのだと…。祖父母もまた曽祖母を通して神様から愛された人。だからこその13日の金曜日…。

その証拠に…。

緑内障の手術をきっかけに現役を退いた祖父は、それまでの忙しない日々が嘘のように穏やかな余生を送り、お気に入りのソファでうたた寝をしたまま安らかな死を迎えた。これまでの功績を称えられ国から褒賞を授与された直後、会いたい人にもすべて会い、パーティを控えたある夜の出来事だった。パーティ会場は同じ日程で葬儀後の「精進落とし」の会場となっている。

13日の金曜日をジンクスだと信じ、忌み嫌った母は、3月21日 家族全員が集える祝日を狙ったかのように天国に召された。12年に渡る闘病生活の末に迎えた60歳という若さでの死。娘として悔いることがまったくないといえば嘘になるけれど、家族と友人に囲まれた幸せな最期だったのだと思う。

そういえば、来週は母のお誕生日があるなあ…。
時間を見つけて武州長瀬(曽祖母と母が眠る墓地)に出掛けてみようか…。

曽祖母から祖父母へ、祖父母から母へ、そして母から私たちへ…。
愛というかけがえのない絆は永遠に絶えることなく巡りゆくのだろう。

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2008年6月12日 (木)

紫の上という女性

この世の中に存在する中でもっとも好きな「本」を問われたら、「聖書」だと即答するだろう。決して模範的なクリスチャンではないけれど(なんせ、日曜日もめったに教会行かないしあせあせ)、それでも「聖書」という書物がほかのどんな本よりも愛される「世界のベストセラー」である理由は分かる。

けれど、いちばん好きな「小説」を問われたら、間違いなく「源氏物語」を選ぶ。中学時代に出会ってから今日まで、幾度も幾度も繰り返し読んだ。いつの間にか宇治十帖に至るまで正確な系図が描けるようになっていた。

「好きな女人は?」と聞かれたら、少し前までは「夕顔」や「朧月夜」を挙げていた。本当は違うけれど…。王道を答えてしまうのは、なんとなく「通」ではないような気がして嫌だった。

けれど今は、まっすぐにこう答えたい。源氏物語に出てくるさまざまな女人の中で、誰よりも私の心を捕えて離さないのは紫の上その女性だと…。

研究者の中には紫の上こそ「源氏物語」の隠れた主人公だとする人もいる。幼少のころ、光源氏に見出され、聡明な女性へと成長する。押しも押されぬ光源氏の「一の女性」。光源氏が明石に流浪の旅に出るときには荘園の証書(いわゆる不動産の権利所)を紫の上の名義に書き換えて出掛けている。

光源氏は間違いなく紫の上を愛していた。誰よりも慈しみ、かけがえのない大切な存在なのだと認識していた。
けれど…。

おそらく紫の上が亡くなるその瞬間まで、光源氏はどれほど彼女を愛していたのか自分自身で理解していなかったのではないか、と思う。

正妻 葵を亡くし、失意の中で北山に籠っていたときに、光源氏は美しい少女と巡り合う。その瞬間、彼は思う。
「なんと、彼の女性に似ているのだろう」
彼の女性とは藤壺の宮。父帝の寵妃で光源氏の憧れの継母。

生き写しなのは無理からぬこと。少女の父 兵部卿宮は藤壺の宮の実兄に当たる。母親は兵部卿宮の正式な妻ではなかった。さまざまな思惑の中で母親が早逝すると、母方の祖母である尼君が彼女を引き取り、北山でひっそりと育成する。
そのことを知ると光源氏はますます少女に執着するようになる。
「姫君を引き取りたい」
と正式に尼君に申し出るも、まだ稚い年頃の少女に何を考えているのかと相手にしてもらえない。

やがて年老いた尼君が亡くなり、兵部卿宮に引き取られる段になって、光源氏は強硬手段に出る。少女略奪。北山から京の二条城に連れ帰り、「紫の上(≒(藤壺の宮の)ゆかりの姫)」と名づけ、彼女の養育に当たる。

以来、明石に流された数年間を除き、紫の上は常に光源氏の傍らにいた。紫の上は光源氏の予想通り、いや、予想以上に藤壺の宮の面差を抱きながら、美しく聡明な女性へと成長していく。

「光源氏の一の女性」。いつしか彼女は正妻と同じように世の中からも重んじられる。が、あくまでも「同じように」という境遇。その生涯の中であれほど光源氏の寵愛を受けながら、一度も寝殿(主が正妻と過ごす場所)を許されたことはない。
そればかりか、いよいよ落ち着いてきた三十代も半ばになって、光源氏(当時すでに四十代半ば)は女三宮という若くて美しい姫君を正妻として迎えてしまう。この姫君もまた「彼の女性(=藤壺の宮)」の姪に当たるのだ。

十歳にも満たないうちに、奪われるように二条城に来て、当然のように光源氏の妻(の一人)となり、夫にどれほどの浮気心が起きようともはや揺らぎようもないと信じていた絆…。それが儚くも断ち切られようとしている…。

それでも、聡明な紫の上は決して取り乱さない。むしろ、朗らかに平穏に日々を過ごす。自分が取り乱しては女房(お付きの女官)たちにも悪い影響を与える。
「私は大丈夫だから、皆さんも先方(女三宮)を悪く言ってはダメよ。新しく嫁がれた姫君は尊いお家柄(天皇の皇女)なのだから、大切に傅かれて当然なのです」

けれど、いかに天女のようにお優しい紫の上といえど、そんな毎日に無理が掛からない訳はない。やがて紫の上は病がちになる。伏せってばかりの日々の中で紫の上は光源氏に出家を願い出る。

平安の御代、「出家」とは現世を捨てること。女性が殿方の思惑を逃れ、自由になれる唯一の道だともいわれていた。
藤壺の宮、六条の御息所、空蝉、朧月夜…光源氏の想い人だった女性の中にも若くして出家を叶えたものは多い。かの女三宮も例に漏れず、柏木との不義の子(後の薫)を産み落とした後、すっぱりと現世を捨てている。

だが、光源氏は紫の上の出家の願いだけは聞き遂げようとしない。認めたくはないのだ。彼女が自分の元を去ってしまうことを…。この世であれ、あの世であれ、自分の傍に紫の上がいない人生など光源氏には有り得ないのだ。

紫の上は出家の願いが叶えられないままこの世を去ってしまう。そうして初めて彼は気づく。
「彼の女性の形代(かたしろ=身代わり)だと思っていた紫の上こそ、自分が生涯愛した唯一人の女性だ」

失意の光源氏は柄にもなく、「思い出の手紙」を燃やしたりしながら出家の準備を整える。
「だったら、『生きて』いるうちに紫の上の出家も許してあげなよぉexclamation
と、私は叫びたい。いや、それ以上に、
「『生きて』いるうちに、その女性をいかに愛しているのか気づけよぉexclamation ×2
かしら?

いずれにせよ、「まぁったくいつの世も男は…」などと徒然に思いつつ、今日の日記を締め括ります。

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