足立小児科医院
一か月検診で心室中核欠損症を発見していただいて以来、私が10歳になるまでずっと見守ってくださった足立小児科医院の院長先生…。
先生がご出身だということで、病気が発見されるとすぐに慶応病院の小児科に紹介状を書いてくださった。今、思うと先天性の心臓疾患では最高峰の医療を受けさせていただいた…ということになる。
日常の中で起こる体調に関わる突発的な出来事は足立先生がフォローしてくださった。
母に抱かれた幼い私が通り過ぎるトラックの騒音に驚いて発作を起こしてしまったときも、母は迷わずその足で足立小児科医院に向かったという。混んでいる時間帯だったにも関わらず、迅速な処置のあと、すぐに近隣の病院に入院できるよう手配してくださり、一命を取り留めた。
「3歳になるまでに3度、死に掛けたことがある。そのたびに救ってくださったのは足立先生なのよ」
成長するごとに何度となく母から聞いた言葉…。
10歳で逗子を離れるときにはご挨拶に伺った。
私が来たということで母屋から奥様も出てきてくださって、元気になったことをご夫婦揃って本当に嬉しそうにしてくださった。
「(転校先の)秋田の小学校には病気のことは伏せて『普通の子』として通いたい」
心臓は大分落ち着いたとはいえ、当時はまだ体育の授業は競技によっては届け出を出さなくても見学という身。小学校の中ではいわゆる「健常児」という扱いからは一線を引かれていたように記憶している。
にも関わらず、無謀ともとれる私の願いが「慶応病院からの指示」という形で実現できたのもまた、足立先生の助言があったからでは?と今にして思う。
高校2年のとき、今まで以上に元気になって、望み通り「普通の子」として当たり前に生活できるようになった私は再び逗子の地を踏んだ。
足立小児科の前を通るたびに、先生にご挨拶に行きたい…と思いながら、覚えていてくださる自信がなくて、なかなか門を潜れなかった。
忘れてしまうワケはない…。
今さらながら確信する。
国が定めた予防接種、「副作用を起こさないように」ということで、集団検診ではなく、ご自身の小児科で接取できるように取り計らってくださったのも先生だった。
薬についても最大限配慮してくださって、いわゆる小児用のものではなく、私の身体の大きさに合わせて大人が飲むような粉薬を注意深く処方してくださった。
なかなか歩けるようにならないこと、
乳歯が生えてこないこと、
平衡感覚がおかしくて、階段がうまく上り下りできないこと、
成長過程で起こる原因不明な「?」に根気強く相談に乗ってくださったのは他ならぬ足立先生だった。
大人になってからもさまざまな場面を通じてたくさんのお医者様と巡り合った。
けれど、私にとって、足立先生はこでまで出会ったどのお医者様よりも信頼できる名医だ。
足立先生…
今、私は「当たり前」の毎日を送ることができます。
幼稚園のときに仲良くしていただいた先生のお嬢さんと同い歳です。
歳を重ねてしまった分だけ、健康面は「自信満々」というワケにはいかないけれど、心臓はとても元気。
今年の健康診断でも、
「言われなければ先天性の心臓疾患があったとは気付かない心臓」
だとお墨付きをいただきました。
謹んで…ご冥福をお祈りいたします。
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